Case Study

「動機の錯誤」

「錯誤」という言葉は、一般的には、「試行錯誤」などのように、間違いや誤りという意味で使われていますが、民法上では、主観的な認識と客観的な事実との間に不一致が生じている状態のこと、無意識に意思表示を誤っていてその表示に対応する意思が欠けていることを言います。
例えば、鉄道が通る予定地だと思って土地を購入したところそうではなかった場合や、有名な人の絵だと思って購入したら偽物だった場合など、その誤信は本人にとっては重大なことですが、思い違いがあったからと言って、その売買を無効にすることは通常できません。このような場合の錯誤を、「動機」の錯誤として、法律は保護しない前提をとっています。
本人としては、噂や第三者からの情報により、その土地に将来鉄道が敷設され駅ができるであろう等という「内心の意思」を決めたものに過ぎず、それだけでは、相手方に対し、契約が無効だとは言えないのです。
 しかし、民法は、その法律行為の「要素」に錯誤があった場合には、無効の主張ができると定めています。例えば、先程の例で言うと「ここに出来る駅の前で店をやるために土地を買いたい」とか、「○○さんの本物の絵なら買う」などと売主に予め言っていた場合です。「駅前の土地」や「有名画家の絵」を買いたいという意思表示をした上で購入しているため、こういった場合は、「動機」が外部に表示されていたと考えられ、「要素」の錯誤があったとして、契約の無効が認められる場合があります。
 では、次のような場合はどうでしょうか。Aさんが銀行からお金を借りる際に、Bさんに連帯保証人になってくれるよう依頼しましたが、ほかにCさんも連帯保証人になるということだったので、Bさんは、それならばと、銀行の借用証書の連帯保証人の欄に署名押印をしました。しかしその後、Aさんが支払いをしなくなり、Bさんは銀行から残額の支払いを求められましたが、Cさんが連帯保証人になっていなかったことが判明しました。AさんがBさんを騙していたということです。
動機の錯誤なのか、それとも要素の錯誤があったのか、という問題になるのですが、第1審では要素の錯誤として契約の無効が認められましたが、高裁と最高裁では、これを認めませんでした。
契約書1枚の中に、貸主(銀行)、借主(A)、連帯保証人(B)の署名・押印がなされていたとしても、契約としては、①銀行とA間の金銭消費貸借契約と、②銀行とB間の連帯保証契約の、2つの別な契約が成立していることになります。これを前提として、この判例では、保証契約は、保証人(B)と債権者(銀行)との間に成立する契約であり、他に連帯保証人がいるかどうかについては、通常は契約上の単なる縁由(原因、理由)に過ぎず、当然にはその保証契約の「内容」をなすものではない、として、「動機」の錯誤があっても「要素」の錯誤ではなく、銀行とBの連帯保証契約は無効とは言えない、という判断をしました。