Case Study

「契約締結上の過失」

契約を締結しようとして、互いに真摯に交渉していたものの、結果、成立に至らなかったということも良くあります。ただその過程で、相手方の信頼を失わせるような不誠実な行為があった場合には、民法の基本原則である信義則(権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行なわなければならないという原則)に反したとして、損害賠償責任を負うこともあります。
 契約締結上の過失といわれるものです。近時問題となった事例を2つ紹介します。

「例①」産婦人科を経営する医療法人の代表者・医師Xは、健康上の理由から分娩診療を中止して、医療法人の譲受人を探していたところ、産婦人科医Yが現れて交渉が進み、Yからは、譲渡時期や、外来・分娩診療の開始時期、Xが非常勤講師となって集客を図ることなどが記載された「事業承継計画書」が提示されました。これには間もなく契約が成立すると予想しても良い具体的な内容が多数示されており、Xにとっても良い条件でしたので、契約が成立する事を大いに期待して、Xは計画書にある分娩診療開始の日の約3ヶ月前から分娩予約を受け付けました。このときには既にYとの間で、譲渡価格も、契約調印日や資金調達方法も決められていました。
 ところがYは、妻の協力が得られないという理由で、契約調印の直前に契約を白紙撤回しました。Xは、突然のYの翻意に驚き、八方手を尽くして別の譲受人を探しましたが、適当な人はすぐには見つからず、Xはその間、自らが分娩診療を行なわざるを得なくなり、営業損害等が生じたとして、Yの責任を問うため訴訟を起こしました。これに対して裁判所は、一方が相手方に対して契約締結の強い信頼ないし期待を抱かせ、かつ合理的な裏付けを伴っているような場合には、この信頼ないし期待は法的保護に値する利益と考えるべきであり、正当な理由もなく契約交渉を打ち切って信頼を裏切るのは民事上の不法行為にあたるので、Yは損害を賠償する責任を負うと判断しました。
 契約の調印前であっても、Yは営業譲渡後の分娩診療の再開と分娩予約を了解していたことから、営業譲受について明確な決意表明をしていたと言え、そのためXに対して契約締結についての確信と期待を与えた、という判断です。

「例②」あるクラブの雇われママだったAが、他のクラブの経営者Bから、新規に開店予定の店のママになるよう勧誘を受け、条件が良いので、前の店をやめてしまいました。ところがBは、Aが新店舗に入店する直前に、一定の資格のある保証人がいないという理由で、Aの入店を拒否しました。そこでAは、Bとの契約はサービス業務委託契約の性質を持ち、入店の拒否は、契約成立後の債務不履行か、契約が成立していないとしても契約締結上の過失があるので、Bに損害賠償責任があると主張しました。裁判所は、契約が成立したとはいえないので債務不履行ではないとしつつも、保証人の資格が重要であるならばBは当初からAに明らかにしなければならず、またBは当初、Aが立てた保証人で足りるような話をしており、Aもそれを過失無く信頼したので、後からこれを理由に入店を拒否するのは、契約締結についての信義則上の義務違反があるとして、Bに損害賠償責任を認めました。
 このように、契約成立前でも、締結のために誠実に交渉している相手方を裏切る行為は、信義則違反であり、契約締結上の過失があるとして、不法行為による損害賠償責任を認める判例が多くあります。